香港返還10年

民主化の実現が課題だ(7月5日)
 英国の植民地だった香港が、中国に返還されて十年がたった。

 当初は自由な経済活動が制限されるとの見方があったが、アジア有数の国際金融センターとして発展を続けている。

 高層ビルが立ち並ぶまちには五星紅旗がはためき、「百万ドルの夜景」はさらに輝きを増したかにみえる。

 半面、香港市民の民主化要求が中国政府によって黙殺されてきたのも事実だろう。

 返還にあたって制定された基本法(憲法)に基づく普通選挙は実施されず、返還十周年の式典の際には七万人の市民が抗議デモを行った。

 特別行政区となった香港は、資本主義と社会主義が共存する「一国二制度」が五十年間保証された。台湾統一をにらんで当時の最高実力者・トウ小平が提唱したものだ。

 政治的な民主化が進展しなければ「一国二制度」そのものが揺らぎかねない。中国政府は民主化を求める香港市民の声にしっかりと耳を傾けてもらいたい。

 香港市民は十年前、人民解放軍が駐留すれば中国にのみ込まれ、外国企業が撤退する−と悲観的だった。

 香港経済はアジア経済危機の影響で一九九八年にはマイナス成長に落ち込んだ。これに二○○三年の新型肺炎SARSの流行が追い打ちをかけた。

 しかし立ち直りをみせ、実質域内経済成長率は○四年に8・6%を記録し、以後は三年連続で6%以上の高成長を維持している。

 中国と香港が経済緊密化協定(CEPA)を締結したことも大きい。

 香港証券取引所には中国企業の上場が相次ぎ、今では証券取引所の時価総額の過半数を中国銘柄が占める。

 中国本土の大都市からの個人旅行が解禁となり、中国人観光客は昨年千三百万人と、全体の半数を超えた。

 祝賀式典に訪れた胡錦濤国家主席が「香港は世界で最も発展する活力を持つ」と称賛したように、経済的には確かに成功を収めた。

 一方で呉邦国・全人代常務委員長が「香港の自治権は中央(北京)にある」とけん制し、民主派勢力が主導権を握ることを警戒してきた。

 言論統制も強化されつつある。香港メディアはこれまで中国本土で報道されない事実を伝え、貴重な役割を果たしてきたが、最近は批判的な記事を控える傾向にあるようだ。

 また現在は、香港のトップの行政長官や立法会(議会)議員を選ぶ選挙は、中国政府の意向を反映しやすい間接制で行われている。こうした状況をいつまでも続けるのでは、香港市民の納得は得られまい。

 「一国二制度」の行方を国際社会が注視していることを中国は忘れてはならない。

(注)文中のトウは「登」に「おおざと」

| 国際

防衛相辞任(7月4日)

天を突き指す右手は原爆の恐ろしさを訴える。真横に伸びる左手は平和を求める。被爆地・長崎を見つめる平和祈念像である▼彫刻家の北村西望(せいぼう)が制作した。像の閉じた目には、犠牲者の冥福を祈る思いを込めた。期せずして、久間防衛相と同じ長崎県南島原市の出身だ。地元の有力政治家に「しょうがない」と言われては、祈念像も怒りで目を見開く思いであったろう。怒髪が天をついたかもしれぬ▼米機が原爆を投下した時、長崎医科大(当時)の永井隆医師は爆心地から数百メートルの大学内にいた。あまりの被害に「戦争の常識にない一大事」と感じたと、著書「長崎の鐘」に書いている▼「子どもが二人で、死んだ父親を引きずって通る。首のない赤ん坊を抱きしめた若い女が走る。火に取りまかれた屋根の上でしきりに歌いながら踊っている人がみえる。気がふれてしまったのだろう」▼きのこ雲の下のあちこちに、こうした惨状があった。長崎と広島で二十万人が亡くなった。今も二十数万人が病気に苦しんでいる。核兵器の使用は犯罪ではないか。舌足らずであろうがあるまいが、辞任は当然だ▼久間氏は、参院選を考え「身を引く決意をした」と弁明した。安倍首相は、辞任の必要がないと判断していた。官房長官は「本人の希望に応じた」と説明するばかりだ。この場に及んで、発言自体への反省がなお見えないのが情けない。

アイヌ文化法

先住民族の位置づけを(7月5日)
 アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を図る−。

 こううたったアイヌ文化振興法が施行されて丸十年を経た現在、アイヌ語や工芸、音楽などへの社会の関心は、当初の予想以上に深まったといえよう。

 だが偏見や差別は、なお根強い。政府は、先住民族としての位置づけを認めず、あいまいにしている。

 アイヌ文化と民族の現状を、全国や世界へ発信しながら、先住民族としての権利回復の道を探っていきたい。

 アイヌ文化振興法の制定とともに、アイヌ民族の尊厳を認めない北海道旧土人保護法が廃止された。

 新法の意義は、わが国が「多民族社会」であることを確認し、共生へ踏み出したことにある。

 たしかに新法が誕生して、アイヌ文化に対する理解は広がった。各地でアイヌ語を学ぶさまざまな教室や催しが開かれている。アイヌ民族の講師による学習を行う小学校も珍しくない。

 胆振管内白老町では、川筋を中心とした伝統的な生活空間(イオル)の再生をめざし植林などが行われている。

 だがこれらの活動は北海道が中心で全国的な広がりになっていない。

 アイヌ文化の振興はいうまでもなく日本全体の課題である。それが北海道という一地域の問題にすり替えられている状況は憂慮すべきだ。

 新法に基づいてつくられた財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構には、各種事業の展開にあたり、全国に発信する一層の工夫が求められる。

 差別や偏見もなくならない。道ウタリ協会札幌支部の女性会員アンケートでは、三人に一人が「民族差別」の苦痛や不安を訴えている。

 国内には、伊吹文明文部科学相の「日本は大和民族が歴史的に統治した」「同質的な国」発言に象徴される乱暴な歴史観も根強い。政治家や政党こそ、新法に流れる多民族共生の理念を、真っ先に自覚すべきだ。

 アイヌ民族の復権がなかなか進まないのは、政府が「先住権」を認めていないことにもよる。

 先住権には、先住民族としての自決権、土地や資源に対する権利が含まれる。一九九七年の二風谷ダム裁判・札幌地裁判決は、アイヌ民族が先住民族であると認定した。しかし政府は「国際的に確立した定義がない」とかわす。

 道ウタリ協会は、人権にかかわる国連の委員会や作業部会などで、先住民族でありながら、国内で不当な立場に置かれていることを訴えている。

 国連人権委などから日本政府に対し懸念や勧告が表明されている。非を改めるのをはばかってはいけない。

 この十年で「アイヌ」を語る敷居が格段に低くなった。文化の振興を、アイヌ民族の諸権利を保障する法制度の確立につなげていきたい。

宇宙食(7月5日)

映画撮影を豆腐作りになぞらえたのは、「東京物語」の小津安二郎監督だ。作品にもよく食べ物が登場する。概して高級ではなく、B級グルメの印象に近い▼小さな中華料理店でラーメンをすすりながら語り合う恋人たち。退職教師が開いた洋食店でカレーライスを食べる同窓会。小津映画はホームドラマだから食事のシーンが多い、と映画評論家の貴田庄(きだしょう)さんはいう(「小津安二郎の食卓」)▼ラーメンもカレーも、純粋な和食ではない。だが庶民の味としてすっかり食文化に溶け込んでいる。日本人の宇宙飛行士向けに認定された「宇宙日本食」で、サバのみそ煮やサンマのかば焼きなどと共に、ラーメンとカレーが入ったのも自然なことだ▼宇宙食に加工するには工夫が必要だ。常温で一年保存できなければならない。無重力状態で液体が飛び散ると、広がって電気系統を故障させる危険がある。だから汁物は粘りをつけたり、ストローを使ったりする▼種類を増やす研究が進んできた。たとえば魚の切り身を無菌状態のまま包装する。変質しなければ、刺し身やすしの宇宙食ができる。飛行士の口に入る日はそう遠くなさそうだ▼いつの日か、宇宙旅行が一般的になるだろうか。青く輝く地球や七夕の天の川を眺めながら、旬のイカ刺しをつまむ。仕上げのラーメンもうまそうだ。「月見で一杯」は、宇宙酔いになって危険らしいが。

防衛相辞任

しょせん参院選対策か(7月4日)
 米国の広島、長崎への原爆投下について「しょうがない」と発言した久間章生防衛相が辞任した。

 世論の厳しい批判に耐えかねたようだ。それにしても、久間氏本人はもちろんのこと、安倍晋三首相をはじめとする政府の感度の鈍さには暗澹(あんたん)とさせられる。

 この発言の何が問われているのか、なぜ国民がこれほど怒っているのかがまるで分かっていない。

 久間氏は当初から発言の撤回を拒否し、ようやく謝罪したかと思えば「誤解を与えているとすれば丁寧に説明しなければならない」と釈明した。

 誤解の余地のない原爆投下是認発言だ。だれがどう曲げて解釈したというのだろう。

 野党からの罷免要求については「よくあることだから」と言ってのけた。核廃絶の国是を否定するような発言をしておきながら反省が感じられない。

 それは首相も同じだ。

 久間氏に「誤解を招く発言は厳に慎むように」と注意しただけで、罷免要求は拒否した。

 核問題を担当する閣僚だった久間氏の発言は、唯一の被爆国として核廃絶を訴えてきた日本が核兵器の使用を是認している、との誤ったメッセージを国際社会に送ることになりかねない。

 政府としてそうではないと明確に否定するためにも、やはり首相が罷免すべきだった。

 政府・与党が、参院選への打撃を最小限に抑えることばかり考えて事態の収拾を図ろうとしたことも、指摘しておかなければならない。

 首相は、参院選への影響を懸念する与党内の声を踏まえ「そういう観点から(久間氏を)官邸に呼んで注意した」と述べた。

 久間氏も辞任の記者会見で「選挙で足を引っ張るようなことになっては申し訳ない」と語った。

 選挙が目前に控えていなかったら、叱責(しっせき)も辞任もする必要はないということだろうか。

 国会でこの問題を審議しようという野党の要求を与党は拒んでいる。国民注視のなか、批判にさらされれば参院選が不利になるとの思惑からだろう。

 だが、いま国会がしなければならないのは政府の核問題についての認識をただすことであるはずだ。後任の小池百合子氏の所信も聞く必要がある。

 安倍内閣では政治とカネの問題をめぐって佐田玄一郎行革担当相が辞任し、松岡利勝農水相が自殺している。

 「産む機械」発言の柳沢伯夫厚生労働相や久間氏を含め、わずか九カ月の間に首相がこんなにたびたび任命責任を問われるのはきわめて異例だ。

 そうして安倍政権への不信を募らせた国民を、久間氏の辞任でなんとかなだめられると政府・与党が考えているのなら甘すぎる。

| 政治

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